大判例

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東京高等裁判所 昭和27年(う)2268号 判決

「被告人は理髪業者に納税クラブを結成することを勧め同納税クラブ加入者より納税金を騙取することを企て昭和二十五年七月頃理髪業本間福治を通じ東京都目黒区上目黒二丁目二千四十一番地理髪業田村三良に対し納税クラブに加入せしめ同人に対し税金を納めてやると申向けて欺き其の旨誤信した同人より同年七月五日頃所得税八千九百六十七円同年十二月十日頃所得税五千九百六十七円同月三十一日所得税六千円同年十一月二十七日頃事業税七千九百五十六円同二十五年一月二十九日所得税五千円同年二月五日事業税四千円を夫々納税名下に同人より同所に於て各々交付せしめてこれを騙取したものである。」と記載されている。この場合、欺罔行為が一回行われただけであるのか、それとも被害者が金員を交付した都度欺罔行為が行われたのかということは、論旨がその第三点において主張するように、被告人の所為を包括一罪と解するか併合罪と解するかの分岐点であつて、公訴事実として重要な点であるが、右の公訴事実の記載は、その点においてあまり明瞭であるとはいい難い。強いていうならば、「昭和二十五年(これは昭和二十四年の誤記と認める。)七月頃……田村三良に対し……加入せしめ同人に対し税金を納めてやると申向けて欺き其の旨誤信した同人より……同所に於て各々交付せしめて之を騙取したものである。」と記載されているところから見て、欺罔行為は昭和二十四年七月頃に一回だけ行われたという趣旨らしく解されるという程度である。しかし、他方、昭和二十五年九月七日附の本件追起訴状には、公訴事実として「昭和二十三年七月頃より昭和二十五年二月頃までの間に別紙犯罪一覧表記載の通り何れも右クラブ加入者である各被害者に対し真実税金を納入してやる意思又は減税運動をする意思返済の意思等がないに拘らずこれある様に装い各被害者をその旨欺き夫々金員を騙取したものである」と記載きれ、その別紙一覧表には、金員の交付の事実ごとに別行に犯罪年月日、犯罪場所、被害者、犯罪手段、被害金額等を記載してあり、その中には同一人を被害者とする数個の事実も存在するのであるから、この公訴事実においては、むしろ金員交付の際ごとに欺罔行為が行われた趣旨に読まれるのである。そして、かくのごとく同一人によつてなされた同一類型の行為において、一は欺罔行為が一回であり他は数回であるというようなことは、特別の事情のない限り考え難いことであるから、ますます以上二通の起訴状の趣旨が明確を欠くということになるのである。もつとも、起訴状におけるこの程度の不明確さは、あえてその公訴の提起を無効ならしめるというほどのものではなく、事後における釈明によつてその瑕疵を補充追完することができると見るのを相当とする。従つて原裁判所としては、その審理に際してすべからく検察官に対し釈明を求め、この点を明確ならしむべきであつた。しかるに、一件記録に徴すれば、かかる措置のとられた形跡はない。

その意味において原審の審理にはこれを尽さざるの違法があるといわざるをえない。のみならず、原審において提出された全証拠を見ても、ここに問題となつている欺罔行為の回数については必ずしも明確なものがないにかかわらず、原裁判所はこれを被告人に確める等当然なすべき措置もとつていないのである。そして、その結果原裁判所がこれを判決においてどのように認定したかというと、これを前記七月十四日附起訴状の分について見れば、

「東京都目黒区上目黒二丁目二千十四番地理髪業田村三良方において真実同人の為に税金の納入手続をしてやる意思がないのに拘らず、同人に対し納税してやる旨詐言を弄し、同人をしてその旨誤信せしめた結果、いずれも同人方において

(一) 昭和二十四年七月五日頃、昭和二十四年度第一期分所得税納入方依頼名下に金八千九百六十七円

(中略)

(六) 同年二月五日頃本間福治を介して昭和二十四年度第二期分事業税納入方依頼名下に金四千円

の交付を受けてそれぞれこれを騙取し」

と判示している(以下他の事実についても同様である。)。

しかし、右の判示もまた、その欺罔行為が何時何回行われたものであるかにつき明瞭を欠くものであるといわなければならない。その欺罔行為に関する敍述が冒頭になされていて(一)ないし(六)の各号中になされていないところから見れば、あるいはこれを一回だけの行為と認めたものではないかとも推察される。

ことに「同人をしてその旨誤信せしめた結果、いずれも同人方において」という文言がそのような推測を強からしめるのである。が、他面からいうと、もしその行為を一回と認定したものであれば、その行為の日時を判示するのが通例であるのにかかわらず、その点の判示もないし、また、末尾の「それぞれこれを騙取し」という文言からみても、(一)ないし(六)のそれぞれにつき別個の詐欺罪の成立ありとしたもの、いいかえれば欺罔行為はその金員交付の都度行われたと認定したもので、便宜上これをその冒頭に一括して判示した趣旨ではないかとも考えられるのである。

要するに、そのいずれであるかはこれを読む者の想像以上には出ないのであつて、判示自体からは明確でないというべきである。そして、欺罔行為の回数はこの場合罪数に関係する重要な点であるから、この点について判示が不明瞭であることは判決の理由として不備であることに帰する。従つて論旨は結局理由あることに帰し、他の論旨につき判断するまでもなく原判決はこの点において破棄を免れない。

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